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絶対シネマ感!

スーパー陰陽師・景清 KAGE-KIYO の 絶対音感的・映画レビュー

なぜ神は沈黙するのか? 私たちに問いかける根源的な問題

洋画・米2016

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極東の島国で起こったこれほどの悲劇に、

なぜ神は「沈黙」し続けたのか?

この作品のタイトルが放つ、主要テーマの一つである。

それだけこの原作の題名は秀逸だ。

 

遠藤周作の小説「沈黙」が新潮で文庫化され発売されたころ、

今から35年前、僕は書店に並んだその本のタイトルを見てこう思った。

 

隠れキリシタンのことを扱った物語だから、登場人物が、

キリシタン弾圧の日本で自分の信仰を問われ、

一切本当のことを言うことが出来ず黙ったまま、沈黙を続ける。

それがこの話の結構だろうと。

 

しかしそれはそんな単純なものではなかった。

ひたすら自分の信仰心を押し隠したまま、

無言でいるだけの「沈黙」ではない。

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 マーティン・スコセッシの「沈黙-サイレンス-」は、

とてつもない力を持った傑作である。

遠藤周作の原作を忠実に映像化。

それだけではない。その残酷極まりない江戸初期までの

キリシタン弾圧時代が描かれた本編を見通すことで、

見るものに根源的な問いを投げかけてくる。

 

それは「極東の島国で、主とされる人物をめぐって起こった

極めて残虐なる悲劇に対して、主は、神は、なぜ沈黙を続けたのか」。

そして、それはそのまま、

私たちに極めて素朴なこんな疑問さえ沸き起こさせる。

 

踏み絵を拒んだ隠れキリシタンの百姓が、

見せしめに首をはねられ殺され、無残に引きずられる。

彼の遺体を見て宣教師のロドリコの心情は、

原作ではこんな風に描かれている。

 

「一人の人が死んだというのに、外界はまるでそんなことが

 なかったかのように、先程と同じ営みを続けている。

 こんな馬鹿げたことはない。これが殉教というのか。

 なぜあなたは黙ってる。あなたは今、あの片目の百姓が

  ーあなたのためにー 死んだということを知っている筈だ

 なのに何故、こんな静かさを続ける。この真昼の静かさ、

 蠅の音、愚劣でむごたらしいことまでまるで無関係のように、

 あなたはそっぽを向く。それが・・・耐えられない」

 

果たして本当に「神は存在するのか」?

神が存在するなら、これほどの苦難を受け続ける私たちに、

何も啓示もなく、全く押し黙ったままの静けさを、

一体どう考えればいいのか・・・

 

信仰という信念で苦行に耐えて、その先に自分たちが信ずるものの

存在は、果たしてあり得るのか? 神様はいるのか、いないのか?

 

宗教・信仰というものに対する極めて根源的な問いかけが、

映画本編を見続ける私たちの根底に突き刺さる。

欧米のキリスト教圏の人々はもちろん、むしろ異教徒や

無宗教と言っている現代の極東島国の人々に

多く経験してほしい映画体験である。

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 2017年1月11日 角川試写室 Preview

1月21日〜日本公開(絶シネ度★★★★)